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食の現場のオモテもウラも知っておきたい そこに働いている人を幸せにしたい
佐野さんが食の仕事を志したのは、20代も終わりに近づいているころ。レストランというハレの世界をもっと身近にしたいと思ったからだとか。 「食卓を通して、みんなを幸せにしたいと思う気持ちから、食の世界に入ったのが27歳のとき。現場のウラもオモテも知っておきたかったので、まずは時給制のウエイトレスから始め、3年経って店長として店を任されるようになりました。このときの経験をふまえて、食の現場で働く人も同じく幸せにしたい。そんな思いが強くなりました」と、ゆっくりと、静かな声のトーンで語られる言葉の中には、強い意志が感じられました。
「レストランプロデューサーという仕事は、いわゆる裏方、調整役なんです。人と人って、どうしても相性というものがあるでしょう? そのためには、それぞれにとって居心地がいい状態を作り出すバランス感覚が必要なんです」
小さな出会いを大切にするために、 自分の得意分野を把握して、自己表現をする
「食の世界で仕事を続けるにあたり、ある方にアドバイスを受けたのが、普通にニコニコした、ただのいい人では印象に残らないということでした。つまり、きちんと自分のプロフィルを相手に伝える“自己表現力”が必要なんです。そのためには、得意分野を把握することも大事。小さな出会い1つ1つを大切にして、自分は何ができるかを伝えてきました」。 そんなときに中国茶との出合いがあったとか。 「結婚したときに、母からもらった中国茶がきっかけでした。それ以来、カラダが欲するお茶を飲むようにしています。いまでこそ、カテキンなどなじみある言葉になってきましたが、当時はまだそんなことはありませんでした。1000種類以上ある茶葉の中から、その時々の体調に合わせて、選んで飲むようにしています。飲めばそれだけ体内を浄化できますからね」
「ああなりたい」と思われる人になりたい 10年後は56歳。地方での仕事をもっと広げたい
10年後、佐野さんの描く夢はどんなものですかという問いかけに、ステキな笑顔で応えながら「若いころなら、何を残すか、まとめるか…など考えていましたが、今は女性も若々しく、長生きする時代。仕事は、自分のやりたいことを行う手段だと思っているので、10年後は、食の世界で『ああなりたい』と思われる存在になりたいですね。今は東京が中心の仕事ですが、これから地方での仕事を広げて、忘れてしまった夢や勇気をもう一度思い出して店を作りたいと思う人たちを応援したいですね」。
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